佐久穂町の風景


 3ヶ月ぶりにブログをアップするが、これを見てくれる方がいるだろうか。でも今の自分の思いを残しておきたい。 

 県立大学4年制構想が県議会9月定例会で関連予算案と共に、構想の再検討を求める請願書について審議され、一般質問においても取り上げられている。
私はこの問題について以前に何回も考えを述べてきている。「新県立大学基本構想の見直しを求める会」らの署名活動や請願は当然予測されていたことだ。県民を二分させるような事態を招いたことは、県もさることながら県議会にも責任が十分ある。県が構想の素案を公表した「総合マネジメント」と「グローバルこども教育」の二学科を置く内容で、英語教育を重視するとか、管理栄養士養成課程がある健康発達学部を加えると言う、学科や学部以前の問題が議論されていないからだ。

 それは県が県立大学の4年制移行の役割を担うべきか否か、短期大学も含め原点に戻って議論を進めるべきであったと思う。県下市町村で小中学校の統廃合をなぜ進めているのか、県が県立高校の統廃合をなぜ行ったのかを基に、少子化を迎えた社会の現実をしっかり見つめた議論をするべきである。私は早くからそのことを議論しないで学科・学部先行の構想計画に疑問を投げかけてきた。県が高等教育を自ら行うべきか、私学への支援強化により推進するべきか等、県としての役割のあり方から議論していくべきと思う。

 県内の高卒者の8割が県外に出ている現況を憂い県内の大学に引き留めようとする考えもいかがかと思う。そもそも大学志望の原点は、近くにあるからも一つの選択肢であろうが、本来自分がより研究したい学科のある大学、将来の仕事のために学びたい大学を求めるのではないか。長野県内で安い学費で学びたいのであれば信州大学でよいはずである。総合大学でなく専門の単科大学であれば余程特徴ある専門性を求められる。大学卒業後県内の企業に就職を求めるのであれば、医学生に学費支援していることと同様な制度を充実させてもよい。

 子供が多い時代に、より高等教育を目指す高校生が増えた時代は、県が自ら大学を設立し環境整備することも必要であったと思う。しかし、大学を運営するには10億円ほどの県費を今後も注いでいかなければならない。県内の大学で学びたい学生に学費補助をしても数億円もかからないであろう。極論であるがこのように県としてのかかわり方、役割のあり方から議論していくべきではないか。議会は現状の取り繕いでなく、将来を見据えた判断をするべきと思う。何でも要求されたままの判断は将来の長野県のためにはマイナスとなるであろう。県議は先を予測できる立場だけに、勇気ある判断と発言を県民は求めているのではないだろうか。いや、率先して将来あるべき姿を県民に説明し、今は憎まれても後々賞賛されるような誇れる県議であって欲しい。県民にとって最後の塞で最大限のチェック機能を持つ県議会だからこそ、敢えて勇気ある判断を求めたい。議論は今からでも遅くない、県民に納得できる判断を示していただきたい。

 

|

 16日 小布施町役場で、NPO法人日本むし歯予防フッ素推進会議主催の「むし歯予防in小布施」に参加した。主催者側は私にシンポジウムにシンポジストとして参加して欲しいとのご案内であった。座談会方式ということであるからその参加者ということであれば間違いないが、討論者となればパネリストになるが、どちらでも良いから言われたとおり参加した。シンポジストだのパネリストの論議より、参加されたメンバーは歯科予防の大家ばかりであった。私が県議時代「長野県歯科保健推進条例」の制定の際、資料・情報をはじめ議会棟内での講演いただくなど、大変お世話になった先生方が多く参加されていた。

 私は主催者が指示されたシンポジストとして、川上村で今年度から保育園・小学校・中学校で実施した「フッ化物洗口」のかかわり等を説明した。藤原村長は早くから歯科予防について理解を示されていたこと、県が歯科保健氏維新条例を制定したから村も実施することとし他、などを報告した。この研修会は、以前に富山県で開催された「むし歯予防全国大会」と、運営・規模こそ異なるが内容は匹敵するほど濃いものであった。もっと多くの県民の皆さんも参加して欲しい感じもした。むし歯予防の重要性は、立場の違う人のことを、どう思いやりをもてるか。予防とは思いやりに加えいかに想像力が豊かが大切だと、基調講演で元日本大学松戸歯学部教授の小林清吾先生はお話されていた。更に「きれいな歯と丈夫の歯は違う。やはり両方が必要で、全身予防のためには歯磨きも大切だが、フッ化物洗口やフロリデーションなど、体内からの予防が必要であると力説された。

 質疑応答の中で、フッ化物洗口の実施により素晴らしい効果が出ているのに何故広まらないのか、との質問があった。私は、厚生労働省もフッ化物洗口の効果を認めているのとあわせ、長野県では歯科保健推進条例も制定され、先ごろ長野県歯科保健推進計画も樹立されているなかで、長寿県日本一の長野県として、更に県民の長寿を推進するために、歯科予防を推進するための啓蒙活動を積極的に進めれば必ず広がるのではないかと答えた。今、国でも計画した事業の「スピード化」を強く訴えるようになっているが、県民の健康につながるだけに、県ももっとスピードを上げて事業主体の市町村がやりやすいように行動を起こすべきではないかと、この研修会に参加して改めて思った。併せて、お手伝いのできない今の自分にジレンマを感じた。
 

|

 31日 あっという間に5ヶ月が終わろうとしている。この間私にとってもある変化があった。良いにつけ悪いにつけ世間にはびこるIT機器による「伝達手段」の多さだ。当時の佐々木祥二県議会副議長のおすすめで、フェースブックなるものに挑戦した。最初は戸惑いながら(今も同じだが)恐る恐るはじめた。友達のリクエストもあるが、本当に承認してよいのか、その後FBのやり取りができるのか迷った。

 佐々木県議に相談したらフェースブック入門の本を買って読めば分かるといわれ買ってみた。やはりチンプンカンプンだ。丁度マージャンを始めた頃、本を買って読んでもさっぱり分からなかったが、少し覚え始めてから読めばある程度理解できたときと同じだ。今では、朝FB友達全員のページを開いてチェックすることからが日課となっている。残念ながら携帯からはできないため、タイムラグではどうしても遅くなりタイミングを逸ししてしまう場合もある。

 もう少し慣れるまではPCを利用してのFBになる。そのためといっては不謹慎だといわれそうだが、このブログ更新ができなくなっている。そもそもFBとブログは利用の仕方そのものが根本的に異なるので、ブログで近況や時局等の考えを記したいと思うができなかった。相手も特定か非特定かによるかもしれないが、これからも、出来る限り両方とも続けられるよう努力していきたい。忘れられようとしているブログ読者も、度々このブログに訪れて頂ければありがたい。

|

14日 信毎の むすんで ひらいて の第5部が始まった。先月の「第4部 学校・保護者・・・擦れ違い」シリーズを読んで感じたことを忘れない内に綴ってみた。皆さんは、kのシリーズを読んでどう受け止められたでしょうか。

 今回のテーマに登場する当該者の問題は複雑のようであるが、絡んだ糸をほぐすにはそんなに難しいとは思えない。ただ、関係者に直接お会いしていないので、それぞれの立場の真意は図り知ることはできない。シリーズを取材した記者の文面から見て、事の発端時の学校側の対応のまずさと、当事者間のことばのやり取りに齟齬が見られ、そのまま状況を引きずってしまった感は否めない。その後はお互いに問題解決の努力よりことばの揚げ足取りをしてしまっていることが残念だ。

 今回も学校側は多勢の保護者会の意見を尊重したというより、学校側が問題の核心から逃げるばかりか、多勢と一人の多勢を味方に引き込み自分の立場を優利にしようとした考えが見え隠れしているように思える。その結果、保護者会に責任を押し付けてしまったように思えてならない。受けざるを得なかった保護者会も本来意図としない方向に走らざるを得なくなった。一人を攻め落とせば問題は簡単に解決できるだろうと、学校側も保護者会側も少なからず思っていたに違いない。勿論母親にも何回か決着できるタイミングがありながら、自らのエゴを通し続け問題の深みに入ってしまったことは反省すべきと思う。

 そもそも今回の問題は前述の通り、学校も保護者会も母親も義務教育下の中学生である「子ども」の教育のあり方の原点を失っていた。部活も子どもの教育の一環であり子供の心身の成長に大切な活動であることは誰もが理解していることと思う。その部活のバスケという目標を失いつつある00君に、どう対応しなければならなかったのかが問われるべきだと思う。00君を不登校にさせてしまったことは、学校・保護者会・母親に責任がある。当該の00君にとっても不幸なことである。人間が社会人として社会生活を営む上で「挫折」は誰もが一度は経験することと思う。

 でもどのような困難があってもその挫折を乗り越え、厳しい社会の中の自分を見つけ出して逞しく生き抜いていくことになる。部活も大切であるが、それだけが中学生活のすべてではないことを知らせることも、学校であり親であると思う。確かに部活内で起きた一連の行状・言動において00君の主張が正しかったかもしれない。しかし、学校だから自分の主張が通らないから学校に行かないですむかもしれない。一般社会では「ダメ人間」の烙印を押されてしまう恐れもある。

 00君の将来に関わる大切な中学生時代をバスケだけにこだわり続け、次第に問題をエスカレートさせてしまった親にも私は反省を求めたい。更には、今回の問題も学校の対応は全く生徒中心でなく、初期段階で解決できるものを学校中心に事案解決に向けて動いてしまったことに憤りを感じざるを得ない。その時の状況判断は計り知れないが、「校長の謝罪」は素直に謝罪をし、三者が落ち着いたときに冷静に話し合える機会をつくるべきではなかったのか。

 今回の犠牲者は勿論当事者の00君であるが、ある面思わぬ方向に転換せざるを得なかった保護者会でもあり、バスケに打ち込んだ同僚部員、00君を学校に戻そうと努力したクラスの生徒達だと思う。この事例を単なる「擦れ違い」で終わりにさせるべきではなく、親と教師に常に子ども中心に冷静な言動と判断を強く求めるべきではないか。

|

2013年9月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

月別 アーカイブ