• 事務所で活動中の高見沢敏光議員

  • 高見沢敏光プロフィール

  • 県議会で所属した委員会
    元・危機管理建設委員会委員
    元・農政林務委員会委員長
    元・環境商工観光委員会委員
    元・議会運営委員会副委員長
    元・社会衛生委員会副委員長
    元・社会衛生委員会委員
    元・土木住宅委員会委員
    元・総務警察委員会副委員長
    元・文教企業委員会委員
    町議会での活動
    元・佐久町議会議長
    元・佐久町監査委員
    元・佐久広域一部事務組合監査委員
    元・南佐久環境衛生組合議会議長
    元・佐久水道企業団議会総務副委員長
    社会での活動
    元・佐久町企業内同和推進協議会長
    元・千曲病院経営審議会長
    元・佐久町青少年健全育成協議会長
    元・佐久中学校PTA会長
    元・南佐久郡連合PTA会長
    元・佐久町商工会理事・監事
    元・佐久町商工会青年部長
    元・佐久町青年団長

  • 長野県と南佐久のために全力疾走してきた原動力は?

  • 昭和18年1月1日生  小諸商業高等学校を卒業

    佐久穂町の旧佐久町の小中学校を経て、高校時代には柔道部に所属するが怪我が続いたため退部し、演劇部に所属替えしました。高校卒業と同時に、将来社長を目指して高見沢電機製作所東京工場に就職し、この間居候生活、寮生活、間借りの自炊生活など貴重な体験をしました。都合で家業を継ぐため佐久に戻りました。

    【10代後半〜20代】
    当時盛んであった青年団活動・公民館活動を通じ、多くの仲間とこれからの地域をどうするかなど語り合いました。青年団の演劇活動で、自作自演の「三郎の仕事」で全国大会において優秀賞となったことも良い経験となっています。

    【20代〜30代】
    商工会青年部発足のお手伝いから、約25年間商工会活動に情熱を燃やし、商工業者の立場から、町や地域問題を追及してきました。

    【30代〜40代】
    PTA活動や地域の社会活動に参加し、子供たちと共に学び、学校教育・社会教育について論じ合いました。

    【40代〜50代】
    町の議会議員として町政の一翼を担わせていただき、各種団体の皆さんと明日の佐久地域を語り合いました。

    【多くの活動を通して】
    多くの人達と色々なサークル・グループ活動に参加し、その中で町や地域の将来について、夜を徹して語り合ったことが楽しい思い出です。それらの行動こそが「私がそこに住む人達と一緒に、町や地域をつくりかえていこう」と決心したことと、私の今までの生き様が、汗を流して地域づくりをしようとする原動力です。

  • 県議会議員での主な活動 H23/4/28

  • 県議会議員に初当選以来、多くの住民の皆さんから地域の河川・道路などの改修改善のご要望をいただきました。ほとんどご要望通り改善に努力してきました。また、県民の健康や教育、安心した生活基盤づくりや地域商工業の発展に向けた経済対策、環境・観光や地場産業の農業基盤整備など、幅広く常に県民の目線に立ち、課題の掘り起こしをしながら施策提案を進めてきました。以下、私の8年間の活動のほんの一部を紹介し、皆様にご支援いただいた感謝を申し上げます。

  • 第1期 平成15年〜18年

    ・一期目は、法の想定外でやりたい放題の田中県政の是正に向けた活動が中心となりました。
    県議会では全国的にもまれな「百条委員会」が設置され、「県下水道事業に対する知事後援会幹部の働きかけ等に関する調査特別委員会」の委員として、1期生ながら同僚(志昂会)とともに「百条委員会」の会運営のリード役となり、問題解明に中心的に活動してきました。

    ・脱ダム宣言した田中知事により事業が進まない、川上村の阿知端(あちばけ)ダムの安全確保と早期完成について土木部と折衝し、工法変更(穴あきダム)により推進することを確約し、その後順調に事業が進みました。

    ・県が30人規模学級を進めるにあたり、意欲ある市町村から任意協力金として教員配置費を負担するとしたことに対し、教育の機会均等の上からも全額県費負担の実施を要求し、後年に任意協力金の廃止することができました。

    ・財政が改善されない中で、緊急性が認められず費用対効果や耐久性等の検証中の「木製ガードレール」予算を、他の会派と協力し全額削除をし、緊急性や必要性の高い事業に振り向けました。

    佐久穂町の北沢川は大雨が降るといつも氾濫していました。中部横断自動車道路建設に伴い、自動車道路の排水処理をあわせて河川整備計画を国に申請し、改修計画を具現化させることを地元の建設事務所等の取り付けをすることができました。平成22年度より国道141号線側から工事が始まっています。

    南牧村や川上村の圃場周辺にあるカラマツの防風林により、農地が日陰になったり、カラマツの葉がレタスや白菜の中に入り品質低下になるとの声を聞き、防風林を広葉樹に植栽替えするべきと農政部に交渉し、翌年から広葉樹に植栽替えが始まり、農家の皆さんから大きな評価を頂きました。

    ・田中知事により管理人を置かなくなった「菅平薬草栽培試験地」では、雑草が増えるばかりか、知識を持たない整備人が薬草まで刈り取ってしまう現況でした。
    「薬草の里づくり」として充実するために管理人を設置するべきと提案しました。(このときは村井知事に代わっていました) その後、管理人を設置し整備が行き届くようになりました。

    小海町の小海駅前の歩道が凸凹して、障害者や通学・通勤の人達が難儀しているとの意見を聞き、現地を確認した結果危険のため、即刻、建設事務所と協議し、歩道の舗装やり直しすることができました。

  • 第2期 平成19年〜22年

    少子化による高校再編問題は、野沢南高校など地域の実情や高校生の声も無視して進められ大きな社会問題となりました。
    県教育委員会に対し地域の合意を得られていない再編計画をいったん取り下げ、新たに再編計画を策定させることに取り組み実現させました。

    南牧村広瀬地区のレタス畑がシカに荒らされ、後継者も出て行ってしまう、何とかして欲しいとの要望がありました。
    現地を見て言葉にならない光景を見て、野生鳥獣被害の対策に力を入れ、広瀬地区や板橋地区を始め各町村の防除柵設置の実現が図られることになりました。

    川上村の大深山地区の灌漑用水取り入れ口が、大水が出るたびに土砂が埋まり撤去が大変との要望に、早速、千曲川の取り入れ口改修に建設事務所との仲介をとり改善が図られ、干ばつ対策にも対処することができました。

    県道川上佐久線の南相木村・北相木村の道路整備など、財政逼迫の中ではありますが、常に事業の推進に建設事務所と協議を進め実施してきました。

    ・佐久穂町の畑地区の崩落危険箇所、南牧村川平地区の千曲川堤防の危険箇所など、常に現地を確認しながら整備改修を進めるなど、要望に応えることができました。

    ・公共工事の減少などにより経営が圧迫している建設業は、裾野が広く県民に影響が大きいだけに、建設業の危機的窮状打開の施策を申し入れ、切れ目のない経済対策の実施にこぎつけました。

    ・工事量が減少の中で低入札が続き、建設業が倒産・廃業が多くなり台風など非常時の対応も心配されたため、入札制度研究会の委員に参加し改善への提案をし、数回にわたり制度の改善が実施されることになりました。

    ・田中県政時代に県小規模事業支援事業が見直され、商工会への補助金削減が大幅に行われ、商店や企業など小規模事業者支援に影響がでていました。「商工会議員懇談会」を通じて再三にわたる事業の改善が行われ、商工会存続と改善への道が開かれました。

    小諸養護学校の教室や空調施設など整備改善が求められていました。児童生徒数が増加する中で、教員体制や施設改善を強く要望し改善の取組みが行われました。

  • 条例の制定に中心的な活躍

    長野県議会基本条例 
    地方分権や地域主権が進めば、地方に財源と執行権が移されます。
    二元代表制の中で行政の執行情況を監視する議会として、また、予算の使用方法などの提案など、議会の役割は重要になってきます。執行部と議会との緊張あるバランスを維持するためと、議会の改革をすすめるために「長野県議会基本条例」制定に、条例制定調査会事務局長として活躍し制定の原動力となりました。

    長野県歯科保健推進条例 
    歯及び口腔の健康づくりが県民の心身全体の健康保持増進に重要だとして、調査研究のため県議会歯科保健推進議員連盟の発足の呼びかけ人となり、更に歯科保健制定調査会の立ち上げの原動力となり、会の幹事長として事実上の条例制定まで牽引的立場で活動してきました。
    約2年の年月を要しましたが条例の制定の実現を図るほか、県健康福祉部に歯科保健推進のために、歯科医師の常勤職員の実現を図りました。